機密保持4

機密保持

暗号は敵に解読されていた

日本で使っていた暗号は敵に解読されていたということである。昭和十二年の正月の頃だったと思うが、佐世保海軍工廠に勤務していた猪村は長崎で一人の男に会った。その男に会った本来の用件は忘れてしまったが、その男が得意になってしゃべった話だけは今でもよく憶えている。

その話というのは、日本国内の某市の米国総領事を上手にごまかして遊びに連れだしておき、その留守に領事館内の金庫に保管してある米国の暗号書のコピーを作ったという話である。こんな話は実際にやった人は決して話すものではないので、その男の話も本来は信用できないのだが、いかに本当らしく事細かに上手に話をしたので、猪村のような素人には、なるほどそうやれば、敵の暗号書を容易に手に入れることができるだろうと思った。

こちらがやるのだから、当然敵もやっているだろうと思って、暗号書による暗号に対しては用心して必要な対置を講じていたであろう。暗号機で作成した暗号は解説されないと考えて対策に抜かりがあったのではなかろうか。大型のコンピューターが存在しなかった時代、暗号機で作成した暗号を正面から解説するのは困難であったろう。然し、日本が使っている暗号機と同一の暗号機をコピーして製造することは容易である。

日本で使っている暗号機も外国で使っている暗号機も原理は同じである。暗号書をコピーするより、暗号機の主要部分の写真をとるほうが遙かに容易である。その写真を見た専門技術者が日本の暗号機と同一動作する暗号機を製造することも容易である。

同一の機械を使っても暗号の解読ができないように、手動で接続を変更する部分が設けられている。然し、この接続変更は送信側と受信側で打ち合わせて実行しなければならぬので、そう度々やる仕事でない。こういうことを色々考えてみると暗号機で作成した暗号も比較的容易に解読されると結論せねばなるまい。



この暗号機は海軍技術研究所電気研究部内で製造していた。担当者は猪村の上役だった沼谷技師と同年配の田淵技師だった。田淵技師は早稲田大学電気工学科の出身で海軍に在籍中専ら暗号機の設計研究に従事した。日本で暗号機を製造していたのは田淵技師の所だけで、日本陸軍も日本の外務省もこの暗号機を使っていた。

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