神経をすりへらす飛行士
猪村が乗艦実習をしていた頃のケプガンには飛行士が多かった。少尉任官後、航空機操縦の訓練を済ませ、一人前の飛行士になってから戦艦や大型巡洋艦に配属されるので、ガンルームの兵科将校の中での先任者になるのである。戦艦や大型巡洋艦の飛行士の仕事は随分と神経を使う仕事のように思われた。カタパルトから発射されて飛び出すのだから大きな加速度が身体にかかるであろう。 飛び出したら直ちに機体の姿勢を引き起こさないと海面に衝突してしまう。帰投の際は荒れた海面に着水し、海面を滑走して軍艦の近くまでやって来てクレーンで釣り上げて貰う。猪村のような弱虫は見ているだけでもはらはらするのだから、やっている本人はさぞ心身を消耗するだろうと思った。
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神経をすりへらす飛行士としての仕事の他に、これもまた相当神経を使わねばならぬケプガンの仕事をやらされては大変だろうと猪村はケプガンに同情したが、こういう同情心はガンルーム士官の誰もがいだいていたようで、つまらぬ事でケプガンに心配をかけないようにしようという自戒の空気がガンルームの中に濃くただよっていた。
第一回の乗艦実習の時でも、猪村は中尉任官後一年数ヵ月経っていたので、ガンルーム内では先任のほうである。軍艦内の一般の習慣などについて質問したいことがあっても若い少尉に質問するのも気がひけるので、大抵ケンガンに質問することになる。猪村が接した限りではどの艦のケプガンも人柄の立派な紳士で猪村の質問に対しては丁寧に説明してくれた。そして、多くのケプガンは好奇心というか、研究心というか、そういう精神が旺盛で、猪村の話を色々聞き出そうとした。
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