自分の専門分野から考えて気に入らぬ点がもう一つある
戦果を挙げ得る確率が極めて小さいことは事前の演習でよく分かる筈である。
そんなものを何故緒戦の時期に使用したのであろう。
猪村はここで、済州島で聞いた南条さんの言葉を思い出す。南条さんは既に早く戦死していて、特殊潜航艇に対する南条さんの言葉を聞くことはできない。これは猪村自身が言いたかった言葉である。
「日本海軍は航空機も大手柄を立てたが、潜水艦も身を棄てても航空機に劣らぬ大手柄を立てたぞと宣伝したい男がいたのでは無かろうか。それにしてもそんな計画を取り上げた司令長官は戦争の指導者としては有能な男とは思えぬのだが」
緒戦の戦果にもかかわらず、猪村が自分の専門分野から考えて気に入らぬ点がもう一つある。
聯合艦隊の旗艦は戦艦の大和で、大和は瀬戸内海に停泊しており、聯合艦隊の長官以下司令部の連中は大和に乗っていたらしいということである。
軍艦大和は艦隊旗艦としての無線通信能力を持っているし、大和が停泊しているブイを経て何回線かの有線電話回線が陸上から大和に接続されているだろうが、開戦の前後には聯合艦隊司令部は陸上に上がって東京で軍令部と同居しておるべきだと思う。
聯合艦隊司令長官が機動艦隊を率いて真珠湾まで出掛けるのなら、通信連絡の不便を忍んで軍艦大和に乗っていなければなるまいが、日本の内地にいるときに何で不便な軍艦に乗っているんだ。
幸い、作戦は順調に進行したから良かったようなものの、何かの手違いが起きて軍令部と打ち合わせるときはどうするつもりだったのだろうと猪村は思う。
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