現実に一隻も帰還しなかった事は、帰還できる確率が極めて低かった事を意味する。
猪村は、一般の国民大衆と同じようにただ緒戦の大戦果に酔い、さすが我が海軍は立派だなあと思うのである。
ただ一つ猪村の気に入らぬことがある。
それはハワイにおける特殊潜航艇の使用である。
新聞を何気なく読むと、特殊潜航艇が相当の戦果を挙げているように見えるが、よくよく詳細に読んで見ると真珠湾における日本の戦果は総て航空機によるもので、特殊潜航艇は何等の戦果を挙げていないことが分かる。
この作戦に使用された特殊潜航艇五隻のうち帰還したものは一隻もない。
帰還できないような航続距離の計画であったとすると、これはもう猪村の一番気に入らぬことであるが、実際はそうでは無かったのであろう。
たとえ、そうであったとしても、良好な攻撃位置に占位するためには航続力の余裕が必要であり、その余裕の航続力を使って無事帰還できる好運な潜航艇がいてもよい筈である。
現実に一隻も帰還しなかった事は、帰還できる確率が極めて低かった事を意味する。
帰還できる確率が極めて低いようなものは、戦闘時間の余裕も少なくて、戦果を挙げる確率も極めて低いことにつながるのではないだろうか。
猪村はこういうふうに考えて特殊潜航艇の挙げた戦果は皆無だったろうと断定する。
戦死者に対する人情から考えて、戦果があったように考えたがるのは無理もないが、正確な事実を後世に残して置かねばなるまいと思う。
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