海底ケーブルを敷設する
南洋ボケの為か、猪村は滑稽な失敗をする。マーシャル群島の一つの島に受信所をおき、同じ環礁の隣の島に送信所を置きその間の管制線として海底ケーブルを敷設するという艦政本部の設計があった。
猪村はこの設計に大反対である。聯合艦隊の旗艦でさえ送信所と受信所を分離してないのに、こんな通信量の少ない所で送信所と受信所を分離する必要がどこにあるのだ。同じ島に送信所と受信所とを置いてないと何かの時に甚だ不便である。万一海底ケーブルが故障でもしたら、現地では修理できぬではないか。
艦政本部まで出向いて担当部員に設計変更の交渉をした。担当部員は簡単に白状して、この設計は音響関係の担当部員から依頼されたのだと言う。音響関係の担当部員に質問すると、実は近い将来、南洋群島に水中聴音機を敷設する計画がある。そのときの海底ケーブル敷設工事を横須賀工廠に予め経験しておいて貰いたいので、特に海底ケーブル敷設作業のあるような設計にしてもらったのだと言う。
余計なお世話だと、猪村は内心憤慨する。現在、水中聴音機敷設船を建造中である。その船が完成してその船を使ってやって見るなら多少意味もあるが、他の船でそんな工事をやって見たってそれが何の経験になるものでもあるまい。あんな狭い環礁の間に電線敷設が出来るような吃水の浅い船をマーシャル群島近辺まで航海させたのでは、海難の恐れが多分にある。
やめにしてくれと頼んだが、相手は何故だか この計画に大変ご執心で、手を合わせんばかりにして猪村に頼み込んできた。何か特別な事情があるのかも知れないし、こういう設計は艦政本部の方に決定権のある事項であったので、猪村の方が泣き寝入りすることにした。
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