神がみの系譜2

神がみの系譜

立派な研究者になるための修業について

この島で猪村は中国空軍の空襲を受けた。

島には、応召の海軍中佐を長とする警備隊の少数の兵隊さんと、飛行場建設のために佐世保海軍建築部の技師が連れてきた数百人の工事人夫と、電気と 無線の工事のため佐世保海軍工廠から出張して来た猪村造兵大尉を長とする十数名の工員とがいたが、付近の海域には日本海軍の航空母艦がいたため中国側は手を出さなかった。

五月下旬、日本海軍がアモイ作戦を実行し、アモイ沖に航空母艦を集めて示威行動をしている僅かの隙を狙い乏しい航空兵力を集めて攻撃をかけてきたのだから、敵の戦意には敬服する。こちらは全くの不意打ちを食って慌てた。建築部の人夫が数名戦死したが、猪村の関係には損害がなかった。

猪村は部落の入口の樟の木の陰まで逃げて、そこから敵機を観察した。最初、猪村は滑走路にいたが、滑走路の反対がわの端が爆撃されたように見て急いで逃げたのだ。敵機をよく見ると単発の小型機で戦闘機のように見えた。全部で十数機程度であったろう。

爆弾は積んでいないらしく、滑走路上を低空飛行して、逃げ遅れて滑走路付近でまごまごしている我が方の人夫を機銃掃射してい るようだった。猪村が爆撃と見たのは手りゅう弾でも投下したのであろう。

敵の空襲はあっけなく終わったが、後で報告書を書こうと思って記憶を呼びもどして見ると、何一つ正確な観察が出来てないことに気がついてがっかりした。つい最近、電気工場主任の中林造兵中佐から立派な研究者になるための修業について教えて貰ったことがあったのだ。



中林さんの話はこういう意味のものだった。

「研究者として大切なのは第一にはテーマを見出す能力だと思うよ。研究テーマは何処にでも沢山ある筈なんだ。どんな環境下でもそこから問題意識をはっきりさせて、重要な研究テーマを見出す訓練をしておく必要があると思うが、そういう訓練の場としては、研究所よりも工廠の方がかえっていいかも知れないね。

次に大切なことは正確な観察をする訓練ではないかなあ。研究室などで準備をととのえて実験している時、その実験が順調に進行している場合は、誰だって正確な観察ができるんだが、そんな観察結果は余り役に立たぬのではないだろうかな。予想した結果が出たというだけの話だからね。

実験が意外な結果に終わったとか、途中で何かの事故が発生したという咄嗟の場合、緊迫した状態で周章狼狽の間にも出来るだけ正確に観察して記録にとどめるという訓練が必要だよ。海軍工廠の仕事にはこういう訓練の機会が沢山あるよ」

この中林さんの話が頭に残っていたからこそ、猪村は敵の空襲を樟の陰から見ていたのだが、肝心なことは何一つ観察していなかったし、何の記録も取っていなかった。

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