南条さんの言うことは一、一もっともだと思う
南条さんの話は更に意外な方向へ進んでいった。
「戦争をするには、戦争の目的をよく考えて、戦争目的を達成出来るような戦闘をしなければならんと思う。渡洋爆撃など、新聞ではえらく褒められているが、支那事変の戦争目的を達成するのにとれほど役に立っているか反省してみなければなるまいと思うのだが。
敵の軍事施設に与える損害は案外少なくて、敵の敵慨心をあふり立てるだけの結果にならないだろうか。軍事施設以外に爆弾がそれると中国の民衆の反感を買うことになるが、支那事変の戦争目的を考えると民衆の反感を買うことは戦争目的達成を益々困難なものにするのではなかろうか。
色々考慮した結論として渡洋爆撃決行すべしとなったとしても、これは陸軍の仕事だと思うが。陸軍では計器飛行が出来ないとか、航続距離の長い爆撃機が無いとか、色々難くせをつける前に、必要なら海軍で教育を引き受けてやり、攻撃機を貸してやればよいと思うんだがどうだろうなあ」
どうだろうなあと言われても猪村にとってはこんな話は誠に意外で急には考えがまとまらない。しかし、南条さんの言うことは一、一もっともだと思う。
猪村が黙っていると南条さんは最後にこういうことを言った。
「陸軍さんに出来ない渡洋爆撃の壮挙を海軍の手でやってのけて、大向こうの喝采を博し、軍事予算の海軍の分け前を少しでも増やそうというようなさもしい考えがあっては大事な戦争に勝つことはできないだろうなあ」
という言葉で、この南条さんの言葉が猪村の頭に焼き付けられた。人柄が純真で誠実な南条さんは、こういうさもしい考えの臭いがする戦争で部下を戦死させるには忍びないと考えていたのだろうと猪村は勝手に想像する。
南条さんはそれから間もなく部下の戦死に先立って江西省南昌の空中戦で戦死した。
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