南条大尉は英国留学から帰朝してしばらくの間暇な配置にあった
猪村の昼食は航空隊の士官室に用意して貰った。その士官室で南条大尉に会った。南条大尉は英国留学から帰朝してしばらくの間暇な配置にあった時、二日がかりで海軍技術研究所の見学にやって来たことがある。
その二日間南条さんにっききりで案内して回ったのが当時実習中の猪村造兵中尉だった。案内すると言っても、他の研究室でやっている研究を猪村が説明できるわけのものではない。各研究室へ予め予定時間を通知して頼んでおいて、そこへ南条さんを連れていってその研究 室の担当者から説明して貰うだけの話である。
この猪村の案内は南条さんに大層感謝された。「君がついていてくれたので、学者の先生達の話が大変よく理解できて有りがたかった。あの先生達と僕が直接話をしたんではお互いに相手に通じないフランス語とドイツ語でしゃべり合ってるみたいで、僕のほうではどう質問していいかわからんし、相手の方じゃ、どう説明すれば僕にわからせる事ができるかを知らないうちにすれちがっただろうなあ。君が通訳してくれたので助かったよ」
とお礼を言われた。岡目八目という言葉のとおり、そばで聞いていると説明のどの部分が南条さんに理解できてないかということがよくわかる。そこで猪村は南条さんが理解し易いような説明を引き出すための誘導質問をしたのである。
南条さんは猪村の名前を覚えていて、「猪村君、久し振りだなあ、東京からはるばる何しにやって来たんだ」
と話かけてきた。猪村は名刺を出して、 「私は今、佐世保工廠の部員をやってまして、当隊の無線工事は私の担当ですから、今度はまあ工事監督に来たような訳でして」
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