支那事変2

支那事変

その意味を国民に徹底して説明しておく必要がある

それにもまして日本政府の腰抜け共が、不拡大方針を唱えておきながら、こんな動員をなぜ止めさせないのだ。

それとも大嘘つきなのか。もし、中国と全面的に事を構えるなら、その意味を国民に徹底して説明しておく必要がある大事な局面でこんな嘘をついてどうするつもりだと猪村は慨嘆するのである。

上海には上海海軍武官府という日本海軍の機関があって、猪村は毎朝、造船所へ行って工事の進渉状況を見た後は海軍武官府で時間を過ごした。武官府へは砲艦の艦長がよく連絡に来て、連絡の 要件が終わった後、武官府に居合わせた手あきの士官と雑談をした。

ある艦長が今回の無線の改造工事について「艦政本部も困ったことをしてくれたものだ」と冗談を言って猪村を笑わせたことがある。

「ちっぽけな砲艦のちっぽけな大砲など、中国の連中にとっては少しも怖くないんですよ。ただ、砲艦をいじめると、あの大きなアンテナから電報を打って日本から飛行機をよびせよせて手ひどいしかえしをされるから、めったに砲艦をいじめちゃいけないと彼等は考えているんです。そんな風に相手が敬意を払っているこの偉容ある無線マストを切られては困るんですがね」



砲艦の無線マストの偉容に対して敬意が払われていたかどうかは眉つばであるが、ちっぽけな大砲が軽蔑されていることは事実であろう。

古今東西の戦争の中で、勝利者である英国が最も恥入るべき戦争であった阿片戦争の時点の清国の軍隊ならともかく、中華民国の正規軍がまともに攻撃をしかけて来た場合、砲艦の武力など何の役にも立たぬであろう。

砲艦の艦長は少佐か大尉で、猪村の出会った艦長は皆中国語をよく勉強していて、中国の軍人を友人に持っていた。いざという時には局地的な交渉によって、自分の関係する地域だけでもしばらく平和を保ちながら居留民の引き上げを実行せねばならぬ。そのときに交渉に行く相手とは平生から交際を保っておくことが必要であったのだ。砲艦の艦長達はその任務の性格から北支での紛争の拡大には大反対だった。

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