結果を参加した総員でチェックするのが海軍の習慣であった
無線操縦の各種の動作を確認する試験が終わった後、最後の試験ではその標的艦の曳航している標的に向かって実弾射撃をする。猪村はこの無線操縦の試験委員になっていたが別にこれという担当事項も持ってなかったので、この最後の試験だけを見学した。最後の試験が成功裏に終了し、標的艦には人を乗せて操縦し、射撃艦は軍港に向かって帰途につく。
その射撃艦内で試験委員長である聯合艦隊参謀長の主催する委員会が開催される。演習が終了すると、すぐその直後に演習中のデータを整理して、その整理した結果を演習に参加した総員でチェックするのが海軍の習慣であった。
無線操縦そのものについてはそれまでに十分なデータが取れていたので、当日の委員会は主として実弾射撃の成績のチェックになった。弾着位置を示す水柱と標的との関係位置を射撃艦から測定するのは困難だから、飛行機か駆逐艦がその関係位置を測定している。その測定データと、射撃用計算機に、砲術長が何時の時点でどういう値の修正値を入れたかを対比してみると砲術長のカンの良さがわかる。当日の砲術長はさすがにベテランで批判の余地がないほど上手な修正がなされていたので当日の委員会は短時間で終わった。
時間が余ったので、小休憩の後、技術担当の委員がそれぞれ自分の担当の分野について簡単な説明をする講演会が追加された。他の委員の担当する分野は素人分かりのする技術分野で、担当委員が休憩時間の間に用意した簡単な図面について説明し講演会は順調に進行した。
然し、田淵委員の 担当分野はそうはいかなかった。現在のコンピューターの論理回路の動作を説明するような説明をコンピューターのなかった当時の素人に短時間で説明しなければならぬ。素人に理解できよう筈はない。田淵技師は優しい小さな声で論理回路の動作を正面から説明し始め、説明を終わらぬ内に進行係りから時間超過の注意を受けると、
「私の説明はこれで終わります」と言ってすぐ引下がろうとした。参謀長は、
「田淵君、君の説明はチンプン カ ン プ ンでちっとも分からなかったぞ。相手に分かるように説明する研究をしておきたまえ」と言った。
海軍士官は皆さん紳士だから、階級の下の者に対してもこのときの参謀長のような無遠慮な言葉は使わない。参謀長と田淵技師とは昔の仕事の関係か何かで遠慮のない間柄なのであろう。田淵技師も負けてはいなかった。例の柔らかな物腰で、もう一度参謀長に向かってぺこりと頭を 下げて、
「はい、然し、私は無線操縦の研究をしろという命令は受けておりますが、無線操縦の研究の説明を研究しろという命令は受けておりません」
女性のように優しい声でやりかえした。一瞬その場が静かになった。次の瞬間、参謀長が大声で笑いだし、列席の委員連中腹をかかえて笑う中を田淵さんは真面目な顔をして自席に帰った。笑ったおかげで今までの疲労がどこかへ吹き飛んだ。
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