交流の電気では一秒間に百回か百二十回電流が零になる
外国へ派遣される外交官は、この暗号機の取り扱いを練習するために田淵技師の所で実習をした。
「電気には交流の電気があって、交流の電気では一秒間に百回か百二十回電流が零になるという話を外交官に理解して貰うのが一苦労でしてね。電流が零になると電灯が消えてしまうと言うのですよ」
昭和九年猪村が一週間ばかり田淵技師の所へ実習に行ったとき、田淵技師は笑いながらこういう話をした。田淵さんの口調は目下の若者に対しても大変丁寧である。国によって、家庭で利用でき る電気の周波数や電圧が異なり、それに合わせた変圧器を作って持ってゆかねばならぬので、なぜそういうことが必要かを外交官に理解して貰うため、交流電気の講義から始めねばならぬが、これを分かって貰うのが一苦労である。
「それでもね、外交官が一番早く暗号機を使いこなすようになりますね、他人に頼らないで全部自分で始未しなければならんからでしょうね」
猪村が実習した昭和九年当時の暗号機に較べて、大東亜戦争中使用された暗号機はずっと改善されたものだったであろう。それでも、その暗号機と同一の動作をする暗号機を敵が作って日本の暗号を解読した可能性は十分にあると猪村は考えている。 昭和六十年を過ぎた現在でも日本はこの種の暗号機を使っているような気がする。国家の重要な機密は暗号機だけではその漏洩を防止できないだろう。軍用通信学という学問体系の確立は今日なお必要なのではなかろうか。
それとも、と猪村は極端なことを考えるのである。憲法によって戦争 を放棄した日本国は、もう一つ思い切って国家の機密を全廃したらどうだろう。外交上の通信もすべて相手国に筒抜けになるようなガラス張りの中でやって見たらどうだろう。案外、大きな不利は被らぬのではないだろうか。相手国には秘密にしたつもりで暗号を使っていたが、後で調べてみると全部相手国には分かっていたというような間のぬけた事態が発生しないだけでもすっきりしていいではないかと猪村は思うのである。
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