オーソリティ4

オーソリティー

送信する電波の周波数が変わるとこの整合器の調整をやり直さねばならぬ

通信科の下士官には少年電信兵出身で、階級は下士官の最上級の一第兵曹でも、随分と若くて頭のいい人が多かった。そして猪村の説明をよく理解した。

猪村がオーソリティと勘違いされたもう一つの原因は、猪村が技術研究所の沼谷主任の下で実習していた頃、整合器調整の指導官として聯合艦隊へ派遣され一カ月間通信科の下士官の指導を担当したことがあった為である。下部電信室の送信機からの電波を給電線で送ってアンテナから能率よく放射するために、給電線とアンテナとの間に整合器を入れるが、送信する電波の周波数が変わるとこの整合器の調整をやり直さねばならぬ。

はじめてのことで、兵隊さんはこの調整に慣れていないので、技術研究所から誰か技術者を派遣して聯合艦隊の各艦で(といっても、下部電信室を持っている軍艦の数は余り多くはない)兵隊さんを実地指導して貰いたいという聯合艦隊の通信参謀の依頼で猪村がその指導官に任ぜられたわけである。沼谷主任の下で整合器の調整ばかりを一年以上 やってきた高等工業学校出の従業員が猪村について行って、実際の指導は専らこの人がやるのだが、この人は造兵生徒の出身でないため技手任官が少し遅く、その時はまだ身分が工手であったので、階級の上の者をお飾りに付けておけということで猪村はそのお飾りであった次第である。

お飾りではあるが、最初に兵隊さんに整合器の理論の講義をするのは猪村の役であり、整合器の調整はそれほど難しい作業ではなく、そのうち猪村自身も上手に調整して見せることができるようになったので、兵隊さんは猪村を本当の指導官だと信じて疑わない。



こんな訳で、第二回の乗艦実習では猪村の顔は聯合艦隊の通信科の先任下士官達にはかなりよく知れ渡っていて、猪村が次の軍艦へ転勤すると前の軍艦から申し送りがあって、今度そちらへ着任する造兵中尉は無線のオーソリティだから精々利用して、何でもわからんことがあったら教えて貰えという通知が届いているらしい。実習の為の乗艦だから同じ型の軍艦に二度乗ることはない。猪村が大型巡洋艦高雄に乗って高雄の下士官達への講義が一応終わった頃を見計らって隣に停泊している同じ型の巡洋艦愛宕から迎えが来て猪村は往診にでかけることになる。ガンルームの軍医中尉が不思議そうな顔をして、

「猪村中尉は随分よくお座敷がかかりますね、あなたの前に本艦に乗っていた造兵中尉はいつでもガンルームでお茶をひいていましたよ」 「ああ、進藤造兵中尉でしょう。彼は専門が大砲ですから、造兵中尉が一人で出掛けていっても大砲みたいな大きなものはどうにもなりませんから、誰もたのみに来ないのですが、私の専門は因果なことに無線でして、造兵中尉一人でもなんとかなる仕事が多いんですよ。然し、この位お座敷が掛かれば、芸者なら随分儲かっているんでしょうがね」

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