エー、ビー面誤差
エー、ビー面誤差という言葉は猪村には初耳である。正式な術語ではなくて、海軍通信学校で勝手に使っている術語だろうと思う。
地球の表面に沿って進行する電波に対して、ループアンテナの平面を電波の進行方向に一致させると受信感度が最大になり、ループアンテナの平面を電波の進行方向に直角にすると受信感度が零になるという原理を利用してループアンテナを回転させて電波の到来方向を測定するのであるが、ループアンテナの平面が電波の進行方向に直角になるのは、ルー プアンテナの表の平面を電波の方向に向けた場合と、その角度から百八十度回転してループアンテナの裏の平面を電波の方向に向けた場合とがある。
表の平面をA面、裏の平面をB面と呼んで、A面とB面との両方で測定するように教育してあるのだろうと想像する。A面とB面との測定結果では正確に百八十度の差が出る筈である。しかし実際にはこの差は正確に百八十度にはならないで、プラスかマイナスの数度の誤差が出る。この誤差をエー、ビー面誤差と言って、エー、ビー面誤差が四度以内ならエー、ビー面測定の平均値を測定値としろ、エー、ビー面誤差が四度以上なら調整をやり直せとでも教育してあるのだろうと想像する。
方位測定室で一息入れた後、下士官に測定させてみる。下士官は受信機の出力にレシーバーを二個接続して一個のレシーバーを猪村に貸し、他の一個のレシーバーを自分の耳に当ててループアンテナの軸を回転させて測定しながら、色々と猪村に説明する。彼の説明によれば、エー、ビー面差というのは猪村の想像した通りであるので、猪村は一応安心する。
猪村は海面からループアンテナまでの長い距離を思いながら、
「多分、垂直空中線効果の影響だろうと思うが。電波の感度が悪くなるとエー、ビー面誤差が増えるだろ」
「そう言われればそのようにも思いますが何故でしょうか」
下士官は通信学校の講義で垂直空中線効果という術語を教えられている。
「垂直空中線効果がどうしてAB面誤差に影響するのでありますか」 「そうだな、理論は後にして、先に実験してみようじゃないか。ちょっと取り扱い説明書の図面をみせてくれ」