歯切れの悪い結果だった
猪村が呉へ赴任した頃、呉に装備した短波無線方位測定機はその試験が一応終わっていて、測定誤差が多くて実用にならないと結論され、その後始末が猪村に残された仕事であった。若い優秀な三浦技手がこの問題を担当していたが、技術的に見て中々解決困難な問題だけに三浦技手に任せきりにしておくわけにもいかず猪村もこの問題に取り組むことにした。そして、この問題は猪村の手におえなかった。
猪村は他の仕事を部下に任せておいて、三週間ばかり方位測定所へつききりになり、自分で測定してみることにした。横須賀と佐世保の電信所にたのんで電波を発射してもらって測定してみたが、電波の到来方向はいつでもはっきり測定できた。しかし、その測定した方位が本当の方位に一致しないという現象が時々起こった。一致しなくても、その誤差角度が小さいか又はいつでも一定の誤差角度であれば問題ないのだが、大きなそして不規則な誤差がでた。
不規則といっても、測定している十五分位の間はいつも同じ方向が測定され、横須賀の方向はよく分かっているので、その横須賀からの電波がなんでこんな方向から来るように測定されるのだろうと不思議に思った。そして、それから三時間後、測定を再開してみると、今度は本当の横須賀の方向が測定られた。色々の測定結果から、この不規則誤差は近傍の地形や物体の影響によるものだろうと推定した。地球の上空のイオン化層は変化しているので、短波方位測定機に入射する電波の仰角が変化し、電波の仰角が変化すると近傍の地形の反射が変化し、この近傍の反射の影響で測定方位に誤差が入るのだろうと思った。
しかし、この推定が本当かどうかも怪しいものだし、地形や物体の何がどう影響しているかはさっぱり見当がつかない。東京の方位測定所のように地形の平坦な場所に装備変えをすればよいのだが、軍港地の近傍でそんな平坦な地点はない。前任者の橋口少佐の選定したこの地点がまあまあ最良の地点であろう。
猪村は方位測定所の窓から周囲を眺めながら、あの岡に電波が当たるとどんな方向に反射するだろうかとか、あそこの送電線に電波が当たると、送電線にはその電波の波長の電流が流れ、その電流により二次的に電波が発射されるが、それがどう不規則誤差の原因になるだろうかとか考えなが ら、測定結果と対照して見るのだが、一向に因果関係がわからない。しかし、三週間の測定結果の統計を見ると大体八割位は正確な方位を測定しているので、この兵器の性能はこれ位なものだということを自覚して使ってもらうように頼みこんで、一応引渡を済ませて貰うことにしたが、なんとも歯切れの悪い結果だった。
「この短波無線方位測定機の設置場所の選定をする責任者はいい災難だな」 と猪村は思った。ところが、日本海軍が装備した短波無線方位測定機の内、大半の機械の装備位置は猪村自身が決定する結果になった。必ず現地へ行ってその付近を歩いて回って決定したので思い出の深い地点が多い。千島の占守島、樺太の敷香、北朝鮮の会文、内南洋群島の島々など短波無線方位測定機を装備した近辺の地形はいまでもよく憶えている。